2008年08月06日
フォードフォーカスWRC マジョレット 菓子付ミニカー

本日は、フルタ 菓子付ミニカー より マジョレット製
フォードフォーカスWRC です。
今回から、ネタ切れ・・・・ボツ画像復活シリーズとさせていただきます。
このマジョレットフォーカスも仕上げは荒いのですがフォルムはまずまずだと思うのですが、どうでしょうか。(CM'sのフォーカスと比べるとフォルムもチャッチク見えてきました。)撮影はかなり前です。マジョレット初心者の私が始めて買ったマジョレットミニカーなのであります。
最初青単色のフォーカスのみアップの予定でしたが、ラリーカラーのフォーカスの切り抜きも少し出来ましたので、ならべときます。
それにしてもこの青単色フォーカス画像は、撮影&画像処理を適当にしたせいか、ボディの質感が発砲スチロールにしか見えませんね。(よって最初ボツにする予定でした。)
なお、撮影した時期が違うので画像の角度がまちまちですがあしからず。流石マジョレット!ヘッドライト(デカール)の印刷用のあみ点が肉眼で見えますね。全体的に歪があってしかもボディーの型抜きのラインが見え見えじゃ!
最初コナミやホンウェルやヤトミンの激安のクセに出来が非常に良いミニカーばかり購入してたので、1個320円もするのに仕上げのあらあらでヘッドライトもデーカールというのが許せず購入できませんでしたが、いざ慣れてしまうとそんなこと全然気にならなくなりました。とにかく種類が多いので探すのが一苦労・・・ッツーか楽しかったのであります。
とくにカローラアンドロスがなかな見つからずいろいろスーパーめぐりなんかしたのですが、それもおもろかったりしました。
印刷はタンポ印刷かデカールが良く分からないです(どちらもあるみたい)。とにかくエンブレムやステッカーが印刷されたラリーカーばかり探してましたが、この頃とりあえずフォーカスのラリーカラーが見つからず、これでもエエか・・・っとこの無地のフォーカスWRCを購入しました。(上のラリー車は後か見つけたものです。)
それではフォード・フォーカスWRCについて・・・・・・
フォード・フォーカスWRC(ford focus world Rallycar)は、フォードが世界ラリー選手権(WRC)に出場するために開発した競技専用車。 2006年、2007年のWRCにおいて、フォードにマニュファクチャラーズタイトルをもたらしたマシンである。
これまでフォードの世界戦略車として、30年にも渡ってその屋台骨を支えてきたエスコートに代わって、1998年に登場した後継車、フォード・フォーカスをベースに、1997年にFIAが導入したワールドラリーカー規定に沿って開発されたマシンである。
既にフォードは従来のエスコートをベースに開発したフォード・エスコートWRCを投入していたものの、厳密には当時、開発と予算をかけられず苦慮していたフォードに対して、少しでもエントラントを失いたくないFIAが本来は規定に合致しないモデルであったエスコート・コスワースをベースに2年間を条件として特別に認可を与えて登場したモデルであっただけに、フォードにとって新しいマシン開発は急務だった。
そこで、開発陣は新しいコンセプトの基、本格的なマシン開発を行った。そして、それはWRCでの活動がフォードの新しい世界戦略車のマーケティングの一環ということもあったため、フォード本社からも莫大な支援が得られ、従来のエスコートとは対照的に意欲的な機構を次々と取り込むことが出来た。
その一つがXtracと共同開発した6段縦置きギアボックスで、オリジナルの横置きギアボックスと対照的にフロントの重量軽減を狙って投入したものであった。その他、路面の追従性を狙ってストロークアップされたサスペンションは、クロスメンバーの断面にも補強したヘビーデューティなつくりになった他、アップライトやナックルには高価なチタンを用いるなど、このクルマに対するフォードの力の入れようが垣間見られる。
エンジンはエスコートのコスワースYBTに変わって、市販仕様のフォーカスにも搭載されているゼテックEをベースにイギリスのマウンチューンが開発を行い、ターボチャージャー、ウォーターインジョクション、ミスファイアリングシステムを備えていた。しかし、パワーアップしたエンジンに対して、ウォーターポンプがオリジナルの容量のものしか認可がおりず、ホモロゲをとっていない容量アップしたものを搭載したデビュー戦の1999年モンテカルロでは車検で失格の憂き目にあい、次戦のスウェディッシュではオリジナルポンプのままで実践を走ったものの、問題がほとんど起きなかったため、マウンチューンの開発と併行して、当時、フォード傘下であったコスワースが密接に関わっていたことが囁かれたりもした(事実、開発に関わっていた。)
こうして、様々な新しいコンポーネンツを次々に投入して末に開発されたフォーカスWRCだったが、高価な軽量パーツを投入されていった反面、重量過多に悩まされ、これは初期モデルに終始ついてまわる。また、パワートレーンの要だった縦置きギアボックスが予想以上に駆動ロスが多く、これによってエンジントラブルに見舞われていたため、その熟成に手間取り、デビューした1999年はこの年からフォードに移籍したコリン・マクレーによってもたらされた、サファリとポルトガルの2勝のみで、それ以外のラリーではほとんどがリタイアの憂き目に遭ってしまう。
これらの反省を基にチームは改良を絶え間なく施し、エンジンチューンを翌2000年からは本格的にコスワースが行い、ギアボックスをセミオートマチックシフトに変更。不評だったステアリング系の見直しを図ったものの、同時期にデビューしたプジョー206WRCの対峙によって、持ち前の頑強なボディとサスペンションが活きたラフイベントを除いて、スプリントラリーではその後塵を拝し続けた。
その苦境にピリオドを打ったのが、2002年にプロドライブから移籍し、フォードの新たなチーフエンジニアに就任したクリスチャン・ロリオーが手がけるようになった2003年モデルからであった。

ロリオーはこれまでのフォーカスの持ち味であった頑強さはそのままに、自身がプロドライブで開発を手がけたインプレッサWRC2000に倣って、軽量化、低重心化を推し進め、それはステアリング、ダッシュパネル以外のマシンコントロール部をドライバーズシートをはじめ、フロアに設置するという徹底振りであった。となった。
また、ロールゲージもデザイン変更で軽量化が図られたほか、わずかな重量増加を嫌い、なんとサイドブレーキレバーを緊急時のシフトレバーとして使えるようにしてしまうなど、彼が行った設計は当時のWRCマシンの中でも群を抜いていた。足回りもモデファイが加えられ、形式はストラットに変わりはないものの、リアはより路面の追従性をあげるために、ロアアームを伸ばし、ストラットの取り付け位置をやや後退したものに変わり、どちらかいうとトレーリングアームに近い趣になった。
外観もベースが全長の長いUSモデルに変更されたため、空力パーツのデザインにゆとりが生まれ、その外観のスタイルはラリーカーというよりもレーシングカーに近いスタイル
これらの大幅な改良により、フォーカスは目の覚めるようなスピードを見せ、デビューイヤーの2003年はマルコ・マルティンのドライブでアクロポリス、フィンランドで勝利。翌2004年も前年同様にプジョーを相手に速いスピードをみせ、マルティンはアクロポリスを皮切りに、これまでフォーカスにとって得意とはいえなかった舗装路のラリーでもスピードをみせ、カタルニア、ツール・ド・コルスで勝利を飾り、この年をもってWRC撤退を検討していたフォード本社を見事にWRCに踏みとどまらせた。・・・解説文はフリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)抜粋引用 最終更新 2008年7月17日 (木) 22:52。

今回は、、フルタ 菓子付ミニカー より マジョレット製
フォードフォーカスWRC でした。
明日アップできるかな?(がんばります。)
今日も今日とて時間なし(眠たいです)
よって画像アップだけという感じです。(いっつもじゃ)
レコードCD化も進めてますのでしばらく時間を・・・・・・今週もいかんですね!
今回も仕事で見るだけシリーズです・・・・・・(ろくなコメント無しと言う意味)
誤字脱字見逃してください。(時間無しです。)
ではごきげんよう

