2010年02月10日
レイブリック NSX ♯100 2008 バグジーズ

本日は、バグジーズ 1/32 スーパーGT より
レイブリック NSX #100 2008 です。
本日もこんな時間となってしまいました。最近飲んでいる薬のせいで夜になると目が開かないのです。(眠い)よって今回は、1000円ショップで購入したバグジーズ 1/32 レイブリック NSX の画像のみアップすることにしました(見るだけシリーズいっつもじゃ~・・です)。撮影も手抜きっツーか時間なしでなんかしまりの無い画像になってしまいましたがあしからず・・・・これもいっつもじゃ~です。。
ミニカーの出来はなかなかエエです。ボディーのステッカ類は全てデカールなのですが、これだけ出かければ(1/32)問題なしです。このほかSC430やGT-Rなどもありました。(次の機会にアップします。)この値段ならば他の車種も欲しいけど、置くところなしです。
それではトミカのときと同じになりますが、
それではホンダ・NSX レース活動について・・・・・
元々レース参戦用のホモロゲーションを考慮した車両ではなかったため、1990年の発表当初はレース活動には全く使用されず、エンジンのみが改造され1991年より2年間アメリカのIMSAに参戦(ACURA-SPICE SE90CL)し、キャメル GTP Lightクラスにおいてドライバーズ、マニュファクチャラーズの両タイトルを2年連続で獲得している。
1992年の「NSX-R」投入以後から、それをベース車両として徐々に国内外でレース活動を行うようになる。1993年から2年間はドイツ国内レースの「ADAC GT CUP」(ドイツツーリングカー選手権(DTM)よりも改造範囲が限定された市販車により近いカテゴリー)に投入し、BMWやポルシェらと戦い優勝もしたが、日本国外のローカルレースのために日本国内ではそれほど話題にはならなかった。
しかし、その車両を改良し1994年から3年間にわたってル・マン24時間レースに参戦した際は、日本人レーシングドライバーも多数登用されたこともあって国内においても話題となった。なお、1994年は全車完走、そして1995年にはGT2クラス優勝(ドライバーは高橋国光/土屋圭市/飯田章)、1996年にはGT2クラス3位などの戦績を上げている。
1996年からは、市販車レース国内最高峰の全日本GT選手権(JGTC)に参戦開始。2000年にはGT500クラスで(ドライバーは道上龍)、2004年にはGT300クラスで(ドライバーは山野哲也/八木宏之)年度チャンピオンを獲得しているが、ミッドシップ車に対しての不利なレギュレーションに悩まされて、その後は良い結果が残せなくなった。
2005年からは、レースの名称が「SUPER GT」に変更され、その年よりベース車両を「NSX type R GT」に変更した結果、コンスタントに優勝を飾るなどして復調の兆しが見え、2007年には再びGT500クラスで年度チャンピオンを獲得した(ドライバーは伊藤大輔/ラルフ・ファーマン)。
また同年の開幕戦 鈴鹿サーキットの公式予選のタイムアタックにて伊藤大輔が1'49.842というタイムを記録し、それは2009年現在、まだ破られてはいない。
しかし、それ以降は再度 不利な状況が続き、2009年を最後にSUPER GTから撤退する事が表明された。2010年からは、新型車両「ホンダ・HSV-010」で参戦する。
改造範囲が限定された市販車により近いスーパー耐久にも参戦しているほか、全日本ジムカーナ選手権でも1999年・2004年・2005年に山野哲也がシリーズチャンピオンを獲得するなどの活躍を見せている。日本国外においてはニュルブルクリンク24時間レースに2003年から毎年参戦している。・・・・・ホンダ・NSX レース活動についての解説文はフリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)から抜粋引用 最終更新 2010年1月30日 (土) 17:40。
本日は、バグジーズ 1/32 スーパーGT より
レイブリック NSX #100 2008 でした。
明日はアップできるかな?(がんばります。)
今日も今日とて仕事と病気で時間なし(病気治療中です。)
よって画像アップだけという感じです。(いっつもじゃ)
レコードCD化は・・・・・・・(今週もいかんですね!)
今回も仕事で見るだけシリーズです・・・・・・(ろくなコメント無しと言う意味)
誤字脱字見逃してください。(時間無しです。)
ではごきげんよう
2010年02月05日
ランサーエボリューションX トミカリミテッド
本日はトミカリミテッド 0097 三菱 ランサーエボリューションX でございます。
今年になってからも病院通いがつづいてます。悪いところは色々で、特に一生したくなかった触診の検査を今年すでに5回も受けました。エコーやCTの検査もしました・・・・あ~ぁ今回は長引きそうじゃな・・・・です。よって今回も撮影済画像にトミカリミテッド 0097 三菱 ランサーエボリューションX があったのでアップすることにしたのでした。
トミカリミテッドっ言ゅーくらいやから先日紹介した通常バージョンよりだいぶ良い出来なのやろうと思いながら見てみると・・・・なんと、普通バージョンの出来と殆ど変わらんやんけ!違うところはヘッドライトとグリル、テールランプの印刷とタイヤとホイル(出来は今一良くないな~)それとドアミラーがありました。(普通バーションはタイヤが不良品でグラグラやったですね~・・・今回のリミテッドは不良箇所は無かったです。しかも1個300円のクリアランス商品じゃったので良しとせんかいですね!)
ちなみにトミカ ランサーエボリューションXはこのほかにもコンビニ限定ラリーバージョンが何種類かあちましたが、そのラリーバージョンの方がタンポ印刷がいっぱいあって豪華やったです。(そのうちアップします。)本日の画像は前と代わりばえしないのですが、あしからず。
それでは今回もランサーエボリューションXについて・・・・・
2007年4月26日発表、同年10月1日に発売されたモデル。型式名“CBA-CZ4A”、通称“エボX”。キャッチコピーは、"その進化は、一瞬で次代を抜き去る。"。価格は2,997,750円から3,750,600円。
2005年東京モーターショーでこれの原型となるコンセプトカー『Concept-X』を発表。その後2007年デトロイトモーターショーでConcept-Xをより製品版に近くした新型ランサーエボリューションおよび次期ランサーのプロトタイプとなるコンセプトカー『Prototype-X』を展示していた。エボXはそれを市販化したものである。
7代目ランサーの国内向け標準モデルが「ギャランフォルティス」の名称で発売されたため(6代目ランサーが1.5Lモデルに限り併売中)、国内的に言えばエボXはギャランフォルティスベースということになるが、あくまで国内向け標準モデルが名称を変更しただけであり、海外向け標準モデルは「ランサー」、そして、スポーツモデルは「ランサーエボリューション」を名乗る。
ギャランフォルティスとシャーシは共有しているものの、エボXの方が前輪を15mm前に出した分ホイールベースが長くなっているほか、ボディは前後オーバーハングを切り詰めて全長を75mm短くして旋回能力を高めている。また全高も10mm低くし、逆にトレッドと全幅を長くして走行安定性を高めている。ボディフレームには最高で980MPa級の高張力鋼を使用し、ねじり剛性や曲げ剛性を高めても重量増を抑えている。
トランスミッションにはトルクコンバーターを使わない新開発の6速Twin Clutch SSTとオーソドックスな5速マニュアルトランスミッションが搭載される。
エンジンはこれまでの4G63ではなく、新開発のオールアルミブロックエンジンの4B11を搭載している。4B11は4G63より軽量化されており、トルクはMIVECと組み合わせにより422Nm(43.0kgm)に増強、レスポンスが強化されている。なお、自動車馬力規制が解除された後もエボXは206kW(280馬力)にとどまったが、その理由として「無駄な出力競争を避けるため」と三菱は説明している。エンジンについての詳細は三菱・4B1型エンジンを参照。 なお、後の改良でエンジン出力は300馬力に高められた。
やっぱ殆どいっしょやし色も同じじゃ~
4WDシステムは新開発の車両運動統合制御システム「S-AWC」が搭載される。ジェット戦闘機をモチーフにデザインされた大きく開いたフロントグリル「ジェットファイターグリル」が特徴的である。
モデルは街乗りに主眼を置いたGSRと、競技ベース車となるRSの2モデル。GSRはSST搭載6ATと5MT、RSは5MTのみがラインナップされる。競技ベース車のRSは、GSRには標準装備されている助手席エアバッグやフルオートエアコンと言ったものが搭載されず、ヘッドライトもGSRのディスチャージヘッドランプに対し、安価なハロゲンランプになっているなどして価格と重量を抑えている。また、これまでは装備されていたリアスポイラーでさえオプション化されている。
2008年7月3日、同年10月より韓国・ソウルの総輸入販売代理店であるMMSKコーポレーションを通じて韓国国内で販売すると発表(韓国名「ランサーエボリューション」)。販売されるのはツインクラッチSST搭載モデルのみ。
2008年10月9日マイナーチェンジ リアコンビランプのエクステンション部をブラック塗装とし、エンジンは280psから300psに出力アップされた。その他、RS以外のインテリアや機能性もいくつか向上された。またBBSのホイールや本革レカロシート、HDDナビゲーションを標準装備し静寂性や運動性能を高めた新グレード「GSR-Premium」を追加した。キャッチコピーは"To The Premium Driving"となり、全体的に高級感を高めた改良となった。
2009年10月8日一部改良(2010年モデル) キャッチコピーは、"唯一無二の才能を、この手に。" 主に、サイドスカートの大型化や、樹脂製のエンジンヘッドカバーの採用で約1.5kgの軽量化などが行われた。グレード体系も見直され、GSR-PremiumからMT仕様が廃止された。機能面では、一定速度で走行するクルーズコントロール機能をGSR-Premiumに標準装備、GSRにはオプション設定とした。
静粛性にも改良が加えられており、RS以外のフロントウインドウに遮音ガラスが採用された。インテリアでは、メーター部に車両の情報を表示するマルチインフォメーションディスプレイのカラー化など。他に、RSを除いたエアコンダイヤルのクロームメッキ化や、夜間乗降時の照明やワイパーの機能に手が加えられた。・・・解説文は全てフリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)文抜粋引用 最終更新 2010年1月22日 (金) 08:57。
今回は、トミカリミテッド 0097 三菱 ランサーエボリューションX でした。
明日アップできるかな?(頑張ります。)
今日も今日とて時間なし(眠たいです)
よって画像アップだけという感じです。(いっつもじゃ)
レコードCD化も進めてますのでしばらく時間を・・・・・・今週もいかんですね!
今回も仕事で見るだけシリーズです・・・・・・(ろくなコメント無しと言う意味)
誤字脱字見逃してください。(時間無しです。)
ではごきげんよう
2010年01月28日
ニスモ GT-R LM トミカ リミテッド
本日は、NISMO GT-R LM トミカリミテッドです。
前回アップしてからまたまた時間が経過してしまいました。京商フェラーリF40は何度撮影してもうまく撮影できず、缶コーヒーのオマケのミニチョロQの撮影も出来でませんでした。よって本日も撮影済画像からちょっとカッコ良かったNISMO GT-R LM おばアップすることにしたのでした。
もともとR33はあんまり好きじゃなかったのですが、ミニカーはどれも結構かっこよく出来てましたね!特にニスモGT-Rの安物ミニカー(リアルXなんか)はカッコエカッタです。
本日も時間なし(年中時間なしです・・・・オマケに金も無し)ここらでアップします。
それでは9代目スカイライン R33型(1993年-1998年)について・・・・・
通称:R33(アールサンサン)、GT9(ジーティーナイン)
キャッチコピーは本流グランドツーリングカー。ボディをふたたび大型化。主力は2.5Lとなり、全車3ナンバーとなった。GT-Rは1995年1月に発売された。R32型に比べて全体的に大型化された事により、居住性は大幅に上がったが同時に車両重量も増加した。特に発売初期の頃はGT-Rも含めR31型程ではないが評価・評判共にあまり芳しくなかった。R33が発表されたとたんに、在庫のR32に注文が殺到したというエピソードもある。しかし今となってはその大柄なボディが生み出す直進安定性と、当時の不人気ぶりから来る値ごろ感(R32、R34が年式から考えられる値段より遥かに高値安定状態)から、お買い得モデルとして、またデザインも今となって認識され始めている。
サスペンション形式はR32と同じくマルチリンクだが、前アッパーアームをI型からA型に変更、後ダンパーのストローク増、などの改良が図られている。
GT-R含むクーペ全てとセダンの前期モデルは、バッテリーをトランク奥に設置するハイトラクションレイアウトを採用している。搭載される専用バッテリーは高価だが大した容量を持っていない。
開発当初はクーペをショートホイールベースにする予定だったが、終盤でセダンとのシャシー共用によるコストカットを求められた。そのためかクーペの外観は間延びしたものとなっており、ドアもかなりの大きさを持つ。
エンジンのラインアップはGT-R専用となる2.6L RB26DETT型、2.5L RB25DET型とRB25DE型、および2.0L RB20E型(R33型唯一のSOHCエンジン)の4タイプであった。またスカイラインとして初めて、全グレードに「GT」が冠されることになった。トランスミッションは5速MTと5速AT(5速ATはマイナーチェンジにて4速ATに変更される)であった。RB25DET型エンジンは『リニアチャージコンセプト』により過給圧を抑えレスポンスの向上を図っていたが、市場からの評価はターボらしくないと芳しいものではなかった。
R33型デビュー直後、東京モーターショーでGT-Rのプロトタイプが発表されたが、市販モデルではフロント周りを見直された。そして一般車としては前代未聞の、改造車の祭典東京オートサロンにてデビュー。
一般的には問題が無いが、チューニングした上で非常にハードな走行を繰り返すと、Cピラー根元がストレスに耐え切れず、曲がってしまうというトラブルが報告されている。
GT-Rの車両形式が前回のBNR32からBCNR33へとアルファベットが変更された。前回はB=RB26DETT、N=アテーサ+HICAS、R=スカイラインの意味を持たされていた。R33ではB=RB26DETT、N=アテーサ、C=HICAS、R=スカイラインの意味なのだが、このモデルにだけ"C"がつくのは、R32型・R34型共にアテーサ装着車にはHICASが自動的に装着されていたのに対し、R33型GT-R以外のモデルではアテーサ装着車でもHICASが装着されていないモデルも存在したことにより、差別化のためCが表記されている。
しかし、OptionではR34でまたC=HICASが社内記号での判断となり消滅した事と合わせ、「C=C34ローレルとのシャーシ共用を意味してるのではないか?」と書かれていた。しかし実体は上記の通りであり、単なる都市伝説と考えるのが正解である。
発売後、NISMOからは400Rと呼ばれるコンプリートカーが限定車として44台販売された(限定台数は99台であったが、その前に販売が終了)。当時の販売価格は1200万円である。この400Rの名前の由来は搭載されたエンジン、ニスモが「RB-X GT2」と呼ぶ2.8L排気量アップ版の最大出力400psに由来する。
1995年1月
一部変更。運転席SRSエアバッグ、およびテールパイプフィニッシャーを標準装備としたほか、外装を一部変更。セダンのラジエータグリル、ヘッドランプ周りをスモークシルバーに変更し、GTSタイプG系にアルミホイールを標準装備化。クーペのラジエータグリルをボディカラー化し、「エアロパッケージ」を設定。「セダンGTS25タイプG・SE」および「セダンGTS-4タイプG」を追加。さらに、BNR32型が継続販売されていた「GT-R」がフルモデルチェンジしBCNR33型となる。横桟タイプより、メッシュタイプのラジエータグリルにGT-Rのエンブレムを配した。
角度調整機構付リアスポイラーを採用。RB26DETT型エンジンの出力は280ps/6800rpm、37.5kgm/4400rpmとなる。グレードは標準車の「GT-R」、「GT-R Vスペック」、「GT-R VスペックN1仕様」の3種。N耐参戦ベース車である「Vスペック N1仕様」は、カーボンセンターリヤスポイラー、カーボン製アンダーカバー、メタルタービン、空冷式エンジンオイルクーラーなどの専用装備を持ち、軽量化として助手席エアバッグ、エアコン、オーディオ、集中ドアロック、リヤワイパーなどが省かれている。なおボディカラーの設定はホワイト(#QM1)のみであった。
1996年1月
標準モデルをビッグマイナーチェンジ。外装が大幅に変更され、セダンとクーペの差別化が明確にされた。
1996年5月
ル・マン24時間レース出場記念モデル「GT-R Vスペック LMリミテッド」と「GT-R LMリミテッド」を2ヶ月間の期間限定販売モデルとして追加。・・・解説文は全てフリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)文抜粋引用 最終更新 2010年1月27日 (水) 07:58。
今回は、NISMO GT-R LM トミカリミテッドでした。
明日アップできるかな?(頑張ります。)
今日も今日とて時間なし(眠たいです)
よって画像アップだけという感じです。(いっつもじゃ)
レコードCD化も進めてますのでしばらく時間を・・・・・・今週もいかんですね!
今回も仕事で見るだけシリーズです・・・・・・(ろくなコメント無しと言う意味)
誤字脱字見逃してください。(時間無しです。)
ではごきげんよう
2010年01月23日
マツダ・オートザム AZ-1 ライトウェイト スポーツ
本日は、ライトウェイト スポーツコレクション アオシマより
マツダ・オートザム AZ-1(MAZDA Autozam AZ-1)です。
AZ-1もライトウェイト スポーツコレクションで2回目(ブルースワット CV-01 ストライカースズキ・キャラ)を入れると3回目の登場となりました。アップする間隔が長くなりそうなので今回もとりあえず撮影済み画像からマツダ・オートザム AZ-1をアップすることにしました。処理した画像は青と赤だけでしたが、黒もでました。
1/64の軽自動車は流石に小さいですが、まそれなりの出来だとはおもいます。しかし1個480円を考えるとやっぱテールランプも透明パーツにして欲しいですえね。
時間も無いのでとりあえずここでアップします。
それではマツダ・オートザムAZ-1について・・・・・
オートザム・AZ-1(エーゼットワン)は、マツダ5チャンネル化によって誕生したオートザムが発売した2座席の軽スポーツクーペである。スズキにもOEM供給され、1993年より「CARA」(キャラ)の車名で販売された。
同時期に発売されたビート (BEAT) 、カプチーノ (Cappuccino) 、とは二人乗り軽自動車であることが共通項とされ、頭文字から平成ABCトリオとも呼ばれた。
AZ-1は1992年9月24日に発表され、同年10月5日に発売。スズキ製3気筒DOHCのF6Aターボエンジンをシート後部に(ミッドシップ)搭載し、「究極のハンドリングマシーン」と銘打たれた車である。パワートレインはアルト・ワークスと一部共通化している。
外板に特殊プラスチックを使用し、ガルウイングドアを採用して、超小型のスーパーカーを演出していた。ボディは外装を簡単に取り外せるスケルトンモノコックという特殊なフレームを採用して剛性を高め、外装が無い状態でも走行可能。車重は720kg。
軽自動車唯一のガルウイングドアを装備し、外装にFRPを多用した軽量ボディやステアリングのロックトゥロックが2.2回転という機敏な操作性を持つ。
足回りがアルトベースの物を使用していた為、ノーマル状態では重心の高さや軽自動車ゆえのトレッドの狭さから横転事故も発生し、極度のリア荷重なためフロントタイヤの接地圧が足りず、直進安定性の不備を指摘する評価もあった。
「窓が殆ど開かない」「社外品カーコンポが殆ど搭載できない」、「体格的に乗り手を選ぶ」といった作りと、発売された時期がバブル崩壊の最中といった事もあり販売台数は低迷、1995年に生産を打ち切った。総生産台数は4,392台。中古車市場では程度の良い車体にプレミア価格が付く事もある。
開発当初、スペアタイヤはフロントに収納する予定だったが、衝突安全テストを行った際にスペアタイヤがステアリングシャフトを押し、ステアリングがドライバーに向かって突き出る事が分かり、急遽運転席後ろの荷物置きスペースへ変更された。
ガルウイングドアの構造上、横転した場合は開かなくなるため、窓ガラスを粉砕するハンマーを備えたユーザーもいる。・・・解説文は全てフリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)文抜粋引用 最終更新 2009年12月27日 (日) 09:33。
今回は、ライトウェイト スポーツコレクション アオシマより
マツダ・オートザム AZ-1(MAZDA Autozam AZ-1)でした。
明日アップできるかな?(疲れてます。)
今日も今日とて時間なし(ねむたいです。)
よって画像アップだけという感じです。(いっつもじゃ)
レコードCD化も進めてますのでしばらく時間を・・・・・・今週もいかんですね!
今回も仕事で見るだけシリーズです・・・・・・(ろくなコメント無しと言う意味)
誤字脱字見逃してください。(時間無しです。)
ではごきげんよう 。
2010年01月19日
レイブリック・NSX トミカリミテッド 1/64
本日は、トミカリミテッドより No100 RAYBRIG NSX (レイブリック・NSX)です。
先週水曜くらいからずっと体調悪くまたたま病院通いと薬の日々でした、(歳ですね、たまに自分のブログ見直しなんかしてたらしょっちゅ病気してますね・・・歳じゃない、体が弱いんじゃ・・・ちがうかな)
ツーことで前回アップしてから間が開いてしまいました。よって撮影済画像から適当に選んだレイブリック・NSX トミカリミテッドの画像を加工アップすることにしました。
ミニカーの出来もホイルとカラーリングをリアルにしたくらいですが、なかなかいい感じになってると思います。(購入価格はどこかのクリアランス商品で350円くらいでした。)
それではホンダ・NSX レース活動について・・・・・
もともとはレース参戦用のホモロゲーションを考慮した車両ではなかったため、1990年の発表当初はレース活動には全く使用されず、エンジンのみが改造され1991年より2年間アメリカのIMSAに参戦(ACURA-SPICE SE90CL)し、キャメル GTP Lightクラスにおいてドライバーズ、マニュファクチャラーズの両タイトルを2年連続で獲得している。
1992年のNSX-R投入以後からそれをベース車両として徐々に国内外でレース活動を行うようになる。1993年から2年間ドイツ国内レースの「ADAC GT CUP」(ドイツツーリングカー選手権(DTM)よりも改造範囲が限定された市販車により近いカテゴリー)に投入してBMWやポルシェらと戦って優勝もするが、日本国外のローカルレースのために日本国内ではそれほど話題にはならなかった。
しかし、その車両を改良し1994年から3年間にわたってル・マン24時間レースに参戦した際は、日本人レーシングドライバーも多数登用されたこともあって国内においても話題となった。なお、1994年は全車完走、そして1995年にはGT2クラス優勝(ドライバーは高橋国光/土屋圭市/飯田章)、1996年にはGT2クラス3位などの戦績を上げている。
1996年からは市販車レース国内最高峰の全日本GT選手権(JGTC)に参戦開始。2000年にはGT500クラスで(ドライバーは道上龍)、2004年にはGT300クラスで(ドライバーは山野哲也/八木宏之)、年度チャンピオンを獲得している。2005年からのレースの名称がSUPER GTに変更以後も参戦を続けている。

近年はミッドシップ車に対しての不利なレギュレーションに悩まされて色好い結果は残せていなかったが、最近はコンスタントに優勝を飾るなどして復調の兆しが見え、2007年には再びGT500クラスで年度チャンピオンを獲得した(ドライバーは伊藤大輔/ラルフ・ファーマン)。
また同年の開幕戦 鈴鹿サーキットの公式予選のタイムアタックにて伊藤大輔が1'49.842というタイムを記録し、それは2009年現在、まだ破られてはいない。 それでも徐々に勢いは段々不利になっており、2009年を最後にSUPER GTから撤退する事が表明された。2010年からは、新型車両で参戦する。

改造範囲が限定された市販車により近いスーパー耐久にも参戦しているほか、全日本ジムカーナ選手権でも1999年・2004年・2005年に山野哲也がシリーズチャンピオンを獲得するなどの活躍を見せている。日本国外においてはニュルブルクリンク24時間レースに2003年から毎年参戦している。・・・・・ホンダ・NSX レース活動についての解説文はフリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)から抜粋引用 最終更新 2010年1月16日 (土) 04:13。
チーム国光について・・・・・
チーム国光(チームくにみつ)は、日本のレーシングチーム。チーム代表は元レーシングドライバーの高橋国光。当初はドライバー兼監督だったが、1999年にドライバーを引退し、翌2000年より監督に専念する。メンテナンスをムーンクラフトに委託していた時代は由良拓也が監督を務めていた。
1994年の第3戦からポルシェ・911で参戦を開始。1996年からはマシンをホンダ・NSX(LeMans GT2仕様)に変更した。当初はADVAN(横浜ゴム)やBPをスポンサーとしていたが、1997年の第2戦からスタンレー電気がスポンサーとなり、同社のブランド名「レイブリック」を採用しRAYBRIG NSXのマシン名で参戦している。
マシンメンテナンスは、1995年まではノバ・エンジニアリング,1996年はシフト,1997〜2004年はムーンクラフトが行なっていたが、2005年からはM-TECが担当している。。・・・・チーム国光についての解説文はフリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)から抜粋引用 最終更新 2009年3月22日 (日) 15:04 。
本日は、トミカリミテッドより No100 RAYBRIG NSX(レイブリック・NSX)でした。
明日はアップできるかな?(がんばります。)
今日も今日とて仕事と病気で時間なし(持病がでました。)
よって画像アップだけという感じです。(いっつもじゃ)
レコードCD化も進めてますのでしばらく時間を・・・・・・今週もいかんですね!
今回も仕事で見るだけシリーズです・・・・・・(ろくなコメント無しと言う意味)
誤字脱字見逃してください。(時間無しです。)
ではごきげんよう

